子ども主体の探究で、大人はどこまで関わってよいのか?

——声をかける前に、その子のことをどれだけ知っているか

子どもが考えているとき、大人はどこまで声をかけてよいのでしょうか。少しヒントを出したほうがいいのか。もう少し待ったほうがいいのか。やって見せると、その子が自分で考える機会を奪ってしまうのでしょうか。

探究の活動をしていると、何度も向き合う問いです。私たちも、活動の最中に判断し、終わってから振り返ります。

ただ、「こういうときは声をかける」「こういうときは待つ」と、場面だけで一律に決めることはできません。その子がどんな子で、普段はどんな様子なのか。誰と一緒にいて、今日はどう過ごしてきたのかによっても、関わり方は変わります。

私たちは、関わり方を考える土台に、一人ひとりへの理解を置いています。その子を理解する過程は、声かけの技術だけでは補えません。

当たり前のようですが、活動を作ることに一生懸命だったころの私たちは、その大きさを十分には分かっていませんでした。

気を引く工夫を、たくさん考えていました

活動を始めたころは、音楽をかけよう、効果音を入れよう、テーマパークのような楽しい雰囲気にしようと、いろいろ考えていました。

子どもたちに興味を持ってほしい。活動に入ってきてほしい。そのために、もっと面白くできることはないかと工夫していたんです。

反応してくれる子はいました。でも、そうではない子もいました。工夫を重ねても、全員が探究を楽しめていたかと聞かれると、そうとは言えませんでした。

こちらは、よい環境を作ろうとしていたつもりです。それなのに、何かが届いていない。

振り返ると、「子どもはこういうものが好きだろう」「こうすれば興味を持つだろう」という、大人の側の考えで組み立てていたところがありました。その場にいる一人ひとりが何を気にしているか、どうすれば関わりやすいかを、十分に見られていなかったんです。

音楽や効果音は、必要に応じて使う選択肢です。ただ、工夫を加えることに意識が向いて、その工夫が目の前の子に合っているかを考えることが、後ろに回っていました。

活動全体が盛り上がったことと、一人ひとりが自分なりに関われたこと。この二つは、分けて確かめる必要がありました。

私たちには答えなかった子が、先生には答える

現場では、私たちが問いかけても答えなかった子が、園の先生から問いかけられると答えられる、ということが何度もあります。

私たちへの反応だけを見ていたら、難しかったのかな、興味がなかったのかなと考えたかもしれません。でも、先生とのやり取りの中では、その子の言葉が出てくる。

問いの内容や言い方だけでは、捉え切れないものがあるんです。

少し時間がたったことや、先生の言葉の選び方など、いろいろなことが重なっていると思います。誰が聞いたかだけで説明はできません。それでも、この経験から、自分たちへの反応だけで、その子の理解や関心を判断してはいけないと学びました。

私たちから先生に目配せをして、フォローしていただくこともあります。ここは先生から声をかけてもらうほうがよさそうだと思ったり、先生につないでもらえないかと考えたりする。

その場面を「講師の進行を先生が手伝ってくれた」とだけ表すと、大切な部分が抜けてしまいます。その子が活動に関わるための、本質的なところを先生が担っているんです。

探究の活動を専門に考えている私たちにも、十分には分からないことがあります。その子が普段どう過ごしているか、どんなときに話すか、何に戸惑いやすいか。毎日長い時間を一緒に過ごしている先生方には、どうしてもかなわない部分があります。

その理解を持たずに、自分たちだけで一人ひとりに合う活動を成立させようとしても限界があります。だから、園の先生方と一緒に取り組むことを、私たちは活動の土台にしています。

朝の「おはよう!」で分かること

私たちも、何度も会っていると、少しずつ分かることが増えてきます。

一年、二年と一緒に活動し、先生とも子どもの様子を話す。その中で、初めて会ったときには分からなかった姿が見えてきます。

この子が元気になると、周りの子にも伝わっていく。この先生が前に出ると、クラスの雰囲気が変わる。一人ひとりのことに加えて、そういう関係も見えてきます。

だから、同じことをやって見せるときでも、少し面白おかしく見せようと思うことがあります。一方で、今日はそこまでやると、興奮しすぎて活動が難しくなりそうだと感じることもある。

その判断には、子どもたちと過ごしてきた時間が関わっています。初めて会った子どもたちには、同じようにはできません。

そして、長く会っているから、もう分かっているとも言えません。同じ子でも、その日の様子は違います。

たとえば、今日は少し眠くて、機嫌がよくないのかもしれない。いつもの先生なら、朝「おはよう!」と声をかけたときの表情や返事から、「今日はいつもと少し違うな」と気づくことがあります。でも、活動の時間に来た私たちには、それが分からないことも多いんです。

活動中の反応だけを見れば、「興味がないのかな」「問いが難しかったかな」と考えてしまうかもしれません。もっと気を引こうとしたり、問いかけを重ねたりすることもあるでしょう。でも、眠くて気持ちが乗らないのであれば、考えるべき関わり方も変わります。

先生から今日の様子を聞ければ、少し待ってみようか、今は先生に任せようかと、別の関わり方を考えられます。それでも、眠いなら必ずこうする、という正解があるわけではありません。その子の今の状態を知ることで、ようやく判断の手がかりが増えるんです。

先生方と一緒にやるというのは、こういう具体的なことの積み重ねです。私たちが見ている活動中の姿と、先生が知っている普段の姿、そして今日の様子を持ち寄る。その上で、その子に合う関わりを考えます。

「その子を知っている」を、固定した性格の理解で終わらせず、今日の姿に照らして見直すことも大切にしています。

声かけの一覧だけでは、分からないこと

探究については、「どんな声をかけるか」「どう問いを立てるか」という話もよくあります。私たちも問いの言葉を考えますし、他の人の関わり方から学ぶこともあります。

ただ、「この言葉を使えば探究になる」という技の一覧を、そのまま正解として使おうとすると、問題が出てきます。

子どもには、自分で考えて、試してみようと伝えている。その一方で、大人は、どの子にも当てはまる正しい関わり方を手に入れて、そのまま使おうとしていないか。そこに、探究で大切にしたいこととのずれを感じるんです。

他の人の実践を知り、自分にはなかった関わり方を試すことには意味があります。そのときに必要なのは、目の前の子に使ってみて、何が起きたかを確かめることです。

思ったような反応がなければ、言い方が合っていなかったのかもしれないし、今は聞かれたくなかったのかもしれない。自分から聞くより、いつもの先生に任せたほうがよかったのかもしれません。

技を知っても、その子を理解する過程は省けません。

私たちも、音楽や効果音を考えていたころには、よい方法を用意すれば届くと思っていた部分がありました。だからこれは、まず自分たちの実践に問い続けるべきことです。

活動の設計と、その子に合う関わりと

活動を考えることは、とても大切です。特に幼児期には、何と出会い、何を使って、どんなことを試せるようにするかを、教育者が考えて用意する必要があります。

その準備が、子どもが自分で試すことを支えます。私たちは、活動の設計に責任を持ちます。そして、用意した活動を一人ひとりの探究につなげるために、その子への理解を重ねます。

同じ材料と同じ問いを用意しても、関わり方まで一律にはできません。声をかけるタイミングも、見せ方も、待ち方も、その子に応じて考える必要があります。

その土台にあるのが、いつもの先生や友達と過ごしている、園という環境です。私たちが訪れる前から、そこには日々の生活があり、関係があり、積み重ねてきた経験があります。その上で一緒に活動することで、私たちだけではつくれない場が生まれます。

そこを十分に理解しないまま、用意した内容を実施して帰るだけになれば、その場の楽しいイベントで終わってしまいやすい。これは、私たち自身が気をつけていることです。

単発の楽しい刺激的な体験にも、もちろん意味はあります。ただ、私たちが目指す「関心に応じて探究が続いていく状態」をつくるには、その子の日常とのつながりが欠かせません。

だから、細くても、途切れずに、長く一緒に取り組むことを大切にしています。その時間は、子どもが経験を重ねる時間であると同時に、私たちが子どもを理解していくための時間でもあります。

大人も、「その子」について探究する

子ども主体の探究で、大人はどこまで関わってよいのか。

私たちは、その判断の前に、「その子のことをどれだけ知っているだろうか」と考えます。普段の姿と今日の様子を知り、関わったあとの反応を確かめる。自分たちだけでは分からないことは、先生方と話して理解を更新する。それを、関わり方を考える基本にしています。

それでも、判断に迷うことはあります。待ったほうがよかったかもしれない。もう少し早く声をかければよかったかもしれない。活動の記録や、そのときの子どもの反応を思い返して、考え直します。

探究を専門にしているからこそ、「こうするといつも適切に関われますよ!」と気持ちよく言えたらいいのですが、そういう答えにはできません。問いの言葉だけを変えても、朝から眠そうだったことを知らないままなら、見当違いの工夫を重ねてしまうこともあるからです。

先生に今日の様子を教えてもらう。目配せをして、関わりを引き継ぐ。その子が話し始めたら、今度はこちらが耳を傾ける。こうした小さなやり取りが、活動を支えています。

子どもの探究を支える大人も、その子について探究する必要があります。何を面白がっているのか。今、どう関わるとよさそうか。関わってみて、どうだったか。私たちも、観察し、考え、試し、見直す側にいます。

みなさんにも、長く一緒に過ごしてきたからこそ、気づけた子どもの姿があるでしょうか。「今日はいつもと違うな」と感じたことで、関わり方を変えたことはあるでしょうか。

そうした日々の理解が、探究の時間にも生きています。私たちも、その理解を先生方と持ち寄りながら、活動を深めていきます。

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